- Shyuichi Nakamura

- Nov 4, 2023
今年最後の一般セミナーを2023年12月10日(日曜日)に開催致します。
前回は、動かない運動という題でした。
動かさなくても意識を使います。
それでは意識とは何か?
意識の特性みたいなものを話して、意識が如何に運動と無関係でないかということをお話しました。
運動はやれば良い訳ではありません。
単に運動をすれば、下手くそが上手くなるだけです。
自分の思いどおりに身体が動けば、スポーツや日常生活の怪我防止につながります。
もちろん、痛みのある人も実行すれば痛みの除去につながります。
しかし、運動すれば良いと思っていると、運動すればする程、運動不足になります。
???
って思うかもわかりませんが事実です。
まっすぐすることすらできない身体で一生懸命運動してませんか?
闇雲に運動しても上手くなりません。
ゆっくり小さく正確に動かすことは、運動そのものの意識を変えられます。
運動をする前の段階が必要です。
これがわかると「気」ってなに?
っていうことがわかるようになってきます。
場所 ハートプラザ御薗 教養娯楽室(2F)
日時 2023年12月10日 日曜日
9時30分~11時50分
9時30分~ 身体のバリア、心のバリア (濵井)
10時 ~11時50分 動かない運動法2 (中村)
会費 3000円
要予約
参加希望の方は、まず受付までご連絡ください。
misonouketuke@gmail.com
電話 0596-22-7481
fax 0596-25-5067
定員 50名
先着順ですので、必ず連絡ください。
連絡した方からお申し込み方法をお伝え致します。
もちろん、近くの方は直接お支払い頂いても大丈夫です。
- Shyuichi Nakamura

- Nov 3, 2023
とにかく観察することが大切です。
常識や知識、経験を捨てて、ただただ観察すること
そうしていると、今まで見えなかったものが見えてきます。
右足が痛くても、左足の問題だと思えるのは観察し続けてきたからです。
よくよく観察してみると、やっぱり右と左はバランスをとっているように思います。
手も足も内側と外側、前側と後ろ側、それらが捻れて回転する。
経絡が蛇行する理由は、そこにあります。
目に見えない経絡も、やはり物理現象に引っ張られます。
肉体は、様々なものを投影しています。
精神的なことも投影しているし、環境も投影しています。
ただ触るだけだと、それらが入り混じって区別はつかない。
混沌とした状態です。
熱力学で言うところのエントロピー増大状態です。
病体というのはエントロピーが増大した場所のことを言うのだと思います。
そこで分類してみる訳です。
観察し、分類するというのは、時間を巻き戻すことです。
何がどこにあるのかがわかれば、時間を巻き戻せます。
これも物理学的には理論上できることです。
そして元あった場所に戻す。
それができてはじめて、時間を元に戻して状態をよくすることができます。
東洋医学の極意だと思います。
ずっと、そういうことをやりたかったのだと最近よく思います。
それしかない。
元の状態に戻そうとするのが治療をする上で一番重要なことなのだと思います。
元の状態に戻すのに、どれぐらいの力を必要とするか?
これをみていくと多くの力を必要としないということがわかります。
- Shyuichi Nakamura

- Nov 2, 2023
足の甲を打撲して1ヶ月以上たっているのですが、夜だけ痛みがあるという例です。
そんなことがありえるのか?
痛みがある場所が問題か?
なぜ、夜だけ痛むのか?
足だけの問題ではないことはあきらかです。
打撲側の足背を観察してみると痛みのある部分は確かに腫れています。
指先もあがりにくくなっています。
左と比べるとあきらかに動きも悪くスピードも遅いという状態です。
1ヶ月以上痛みがとれないなんて、普通ではありえません。
骨折であってもありえない。
しかも夜だけです。
足を観察してみると、右と左で違和感のある場所が違います。
患側だけでなく、健側も足首が異常になっています。
そして健側は、内旋が動きが悪く、患側は内旋は動きが良い。
患側も全てが悪い訳ではありません。
必ず異常部位と正常部位があるということです。そして健側も同様です。
健側の足首に手を当てると、動きが悪かった指の動きがスムーズになってスピードがあがりました。
手をあてただけです。
なぜそういうことが起こるのでしょうか?
痛みとは何か?
動きとは何か?
これを疑問に思わない治療家は、いつまでたっても痛いところにしか目を向けられません。
問題は痛いところではありません。
もちろん、これには続きがあります。健側の足首だけの問題でもない。
人間の身体は複雑系です。
単純ではありません。
痛い場所にしか焦点を当てられないのは、複雑系である人間の身体を単純で機械のようだとしか思えないからです。















