鍼治療というイメージは、うつぶせになって、ズブズブと鍼を刺していくイメージが一般的です。

私は一切、そういうことはしませんが、やったことがない訳ではありません。


鍼を刺せば効くというのが本当なのか?

という問いは鍼灸師の誰もしません。


せいぜい、穴に当たるか当たらないかで効果の有無があると考えるぐらいです。

素人の人のイメージだと「え?」違うの?

と思うかもわかりません。

違います。


ベテランでも鍼の打ち方の技術の話しが大半なのではないかと思います。

痛くないように打つ・・・。

とかね。

そんなこと意味があるのか?

と疑問に思って欲しいのに思いません。


先端に対して過敏になっている人って結構います。

私は、鍼先を当てる程度の刺激しかしませんが、それでも鍼を打たれるところを見るのが怖いと言って顏をそむける人がいます。そんな人が深く刺す鍼を受けにくるでしょうか?


ありえないなと思います。

私も深い鍼を好まないので、滅茶苦茶効くと言われても、きっと絶対にいかないだろうと思います。


別に深い鍼を打つことを間違いだと言っている訳ではありません。

そういう刺激を最初から受け入れない人がいるということです。

つまり、先端に違和感を感じる人は鍼治療にいかないのです。


だから限られた人しか、鍼治療にはいきません。

逆に、私のような刺激しかしない人のところへ来る人は、そういうことに敏感な人が多いし、ガンガン刺激して欲しい人はあまり来ないのかもわかりません。しかし、ガンガン刺激されるのが好きな人も来ます。


問題は、刺激の仕方じゃないと何故気づかないのか・・・。

本当に不思議です。

強い刺激こそが強い痛みに対して効果があると言うイメージ的な誤解があり、それが染みついて頭から離れないのだと思います。繊細な刺激なのに何故そうなるのかホントに不思議でたまりません。


力は必要ないと言っても、ある程度の力は必要です。

ここが脱力と抜力の違いと言えると思います。

一般的な力とは違う力が必要なんです。

脱力は力を抜くことですが、抜力は完全な脱力とは違います。

この意味を体得することで合気らしきものがかかります。


しかし、どうしても力を抜いてー と伝えると脱力だけしてしまいます。

これでは相手に力を伝えることはできません。


ちょっとだけ意識して力を入れるのですが、ホンの僅かです。

相手はのれんに腕押し状態になり軸がどこにあるのかわからなくなります。

だから力を入れた手が抜けてしまいます。


やり過ぎない。

どれぐらいやりすぎないかがわかっていないとやり過ぎてしまいます。

ただ相手に力を伝えると言っても、それを伝えるのは相当難しいのです。


そこで重要なのが皮膚感覚だと言います。

正に鍼灸の感覚と一緒です。


鍼は皮膚に触れる程度なのですが、軽い刺激なら良い訳ではありません。

ここが大事です。

例えば深く刺したとしても、その感覚がわかっているなら身体は変化します。

それでも触れるか触れないかの時に一番力が伝わります。


それで力を伝えられないのは、どこかで軸を作って頑張っているからです。

意識のどこかに、今あるこの緊張は頑張らないとなくならない。

と思い込んでいる自分がいるからだろうと思います。


もちろん、なくならない緊張もあります。

ただ、全てがなくなる必要もありません。

うまくいけば、必ず緊張は少なくなります。


そして完全に緩むことはゴールではありません。





面白いことを言っていました。


剣術は、真剣で切られないことに注意を向けて発展してきたものなので、そこに居て、そこに居ない。

幽霊のような存在になれる身体作りというのをめざしていると言っていました。


長時間座り続けて重力と一体化する経験を若い時にした私にとっては滅茶苦茶納得できる言葉でした。

人間がそうなれることは理解できましたが、この状態のままどう動けるのか?

いかに地球と一緒になりながら行動できるのか?

この部分なのだと思います。


私の場合、座り続けて一体化することはできましたが、動き続けて一体化するというのは、まだまだです。

しかし、身体の動かし方、ゆっくり、綺麗に小さく動いて意識を集中することをやることで、これは確実にできるようになると確信しています。


鍼灸の道を飛び越えて、人間がどうあるべきかというのをこの動きは示唆してくれていると思います。



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