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「右手を上げて、左手を上げて…」と指示すると、人は簡単に手を上げてくれます。しかし、その動きは本当にスムーズで自然でしょうか?


多くの人は、このことについて疑問に思わないかもしれませんが、興味深い実験があります。実際に手を動かさずに、ただ手を上げる意識だけをするのです。頭の中でイメージするだけです。


すると、右手と左手を上げようとした時に、意識のしやすさに差を感じます。不思議に思うかもしれませんが、確かに差がでます。これは、「気」が肩、肘、手先まで滞りなく流れていないことを示しています。意識しやすい側は実際に動かしやすく、「気」が流れている状態です。逆に意識しにくい側は動かしにくいのです。

つまり、これが「気」の流れが滞っている状態です。


東洋医学では、「気が流れれば水も流れ、血も流れる」と言います。言い換えれば、「気」が滞ると「水」や「血」の流れも悪くなるということです。

「水」や「血」が流れるとは実際の運動が起こるということです。思いがなければ、筋肉は収縮せず動きません。


この意識の実験は、まさに「気」の流れを反映していると考えられます。「動かさない運動」をすることで、この「気」の流れを直接的に感じることができるのです。

(注意 動かさない運動という言葉も発想も私のオリジナルです)


動かさない運動は気を理解するために絶対に必要な動きです。意識のみ動かす運動です。


この感覚を利用して、小さく、綺麗に、ゆっくりと体を動かしてみると、初動の動きを観察することができます。「気」が流れている場所と滞っている場所の違いが明確になります。

これが「気」を理解する第一歩であり、重要なコツなのです。




真っ直ぐするという脳の記憶


静止時のスタートの位置が狂っているので、動く時には、初動から軸がブレて足首や足底に負荷がかかってしまいます。左X脚の人の場合、歩行時には、左足を外側に振り回して歩くことが顕著になります。そうしないと歩けないのですが、それが真っ直ぐだと記憶しているのです。軸がブレていることをわかるためには、初動の観察が必要です。

動き始めに注目すると、あきらかに真っ直ぐ前に足を出すことができません。初動は、無意識で、意識を通さず脳から直接信号が伝えられます。


真っ直ぐを真っ直ぐだと脳は認識できていないから起こる現象です。ただし、真っ直ぐが良いと言っている訳ではありません。真っ直ぐを真っ直ぐと脳が認識しているかどうかの問題です。この違いは大きく、真っ直ぐの記憶が物理的な真っ直ぐと一致していないことで起こる動作の異常ということです。動的な話になると一気に難しくなるように感じられるかもわかりませんが、静から動に移動する瞬間が初動における無意識の使い方なのです。それに意識が気づくことが大切です。人間が意識できる行動は本当に限られています。


この異常は関節のみを詳しく検査しても姿勢分析をやっても絶対に気づけないところです。初動と関節の遊びを脳からの信号として全体的に観察してこそわかる異常です。それを解消する、つまり治療するには無意識の行動の認知が必要です。これは大脳基底核の作用とも一致してきます。


関節の異常は脳の記憶異常


関節の異常を関節の問題と捉える人が殆どですが、その関節の位置を作ったのは脳からの無意識の信号です。元々はちょっとした怪我をかばう姿勢をとったことが原因のこともあります。僅かな脳のエラーから起こるので、見過ごさないように観察する必要があります。

そして、この無意識の記憶を変えない限り症状は改善されません。つまり、これらの問題は、関節自体の問題ではなく、関節の位置を記憶した脳のエラーにあるということです。あくまでも無意識の記憶に焦点をあてているのであって、関節や姿勢の形に焦点を当てている訳ではありません。関節位置や姿勢は、単なる結果なので、それに注目しているのではありません。実は、これらの事実が「気」の問題とつながっていくのです。


形は記憶の結果


足の位置が外側にあると、膝が曲がった状態になり重心が僅かに下がり、膝には外旋や外転が起こり、上半身は前傾姿勢になることで四つ足姿勢に近づきます。人間は、最初から二足歩行として進化したとされていますが、不完全な二足歩行の時代があったのだと思います。その記憶が、脳のどこかに残っていて、このような形になるのかもわかりません。確かに地面に身体を近づけた方がバランス的には安定します。また、木に登っていた時代を思い出すのか、足腰が弱ると上半身が優位に働く傾向があります。

二足歩行と半二足歩行(猿等)では全く違う使い方をするのです。二足歩行の結果、脳が発達したと言えるのですから半二足歩行は、脳の弱体化と言えなくもないのです。




立って歩くことは人間にとって生命線です。それができないと捕食ができないから立って歩くことは、生死に関わる問題なので身体を歪めてでも無理やり立って移動しようとします。これは脳の無意識の記憶なのだと思います。実は、この記憶が身体の固定化につながっていき、各部位を破壊していくという皮肉な結果が起こるのです。それほど、立って歩くというのは、重要であり、バランス的に、とても難しい行為なのだと思います。それを制御しているのが無意識に働いている脳幹網様体脊髄路を中心とした脳神経の作用です。だから、環椎後頭関節を調整することで全身が調整されるという主張が存在しているのだと思います。


X脚とO脚


足の位置を変えてしまう立ち方にX脚やO脚がありますが、X脚もO脚も、身体の中心軸から考えると足が外にあることに気づきます。女性に多い内股は一見すると内側にあるように見えますが、足の実際の位置は踵の位置が中心軸より外側にあります。特に異常側は顕著で、膝関節は内旋外転しています。O脚も見てわかるように中心軸から足が離れますが、足の位置を近づけて立たせてみると膝関節は内旋外転していることがわかります。つまり構造的には同じ原理だと言えます。


X脚もO脚も同じ位置関係であり、必ず仙骨は後傾しています。そうでないとX脚やO脚にはならないのです。つまり膝だけの問題ではないということがわかります。様々な要因の相互作用なのです。

見た目だけの視点と全体を通した視点では、その結果に違いがあるということです。


この図の場合は左CM関節の屈曲内転位の固定化による左足のX脚ということになります。このように全体を通して関節の連動性を確認していくと部分的に現れている症状は、そこの問題ではなく、他の影響の相互作用であることがわかります。




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