

Shyuichi Nakamura
- Jun 30, 2022
エネルギーって何? 11
闇雲に雀啄(キツツキのように鍼を動かす)や置鍼(鍼を打ったまま放置する)を行い、刺激をしてしまうと、無駄に周囲との差ができ、運動エネルギーの方向性が変わってしまうことがあります。何の為にそこに物理的刺激をするのかを明確にしていないと、マイナスの作用を作ってしまいかねないということです。 もし、そうなったとしても人体は、それを修正する能力があるので普通は心配いりません。 筋緊張だけを目標にすると、周囲には影響を与えるかもわかりませんが、それにとどまってしまいます。 臨界状態になっている場所への刺激は殆ど起こりません。 そこで穴の作用という統計的な経験からの知識を利用し、臨界点を探そうという試みもあります。ある症状に対して、任意の穴が臨界状態になりやすいということを利用する訳です。 しかし、これは、どこまでいっても統計なので、当たるも八卦当たらぬも八卦という側面がつきまといます。どうしても知識だけでは臨界状態に火をつけることができにくいのです。もちろん、ゼロではありませんが、もっと臨界状態にする方法があるはずです。 その結果、穴の効果があったりなかっ


Shyuichi Nakamura
- Jun 29, 2022
エネルギーって何 10
雀啄や置鍼などの物理的なエネルギーを与えて周囲との差を生むのに適する場所なのかどうか? 単純に刺激をしても影響力は限定的です。少なくとも「熱」を冷ます為に何と関係を持たせるのか? 「寒」をどうすれば適切にあげられるのか? 人間は動物です。動くものです。鍼灸をやっている人は運動について無頓着な人が多いように思いますが、それは人が動物であることを完璧に無視しています。 どこが動くのか動かないのかは、「熱」と「寒」、「虚」と「実」に深く関わってくる問題です。動かないところは冷えています。動きすぎるところは熱い訳です。これらは運動エネルギーの状態をあらわしています。関節の動きとも関係する訳です。 またそれをわかって臨界状態を作れるのかどうか? ということです。臨界点の場所を見つけるのも、臨界点に導く為の置鍼や雀啄の手技も、それがどこにあり、どう作用するのかを見極めて意識していないと、鍼を刺す行為というのは、ただの局在的な物理刺激になってしまうということです。 気滯は動かないことだと教えてもらいました。そのとおりだと思いますが、気滯の人に運動させると逆効果


Shyuichi Nakamura
- Jun 28, 2022
エネルギーって何? 9
身体を変えるには、エネルギーを与えたり奪ったりするのではないというのが理解してもらえたのではないかと思います。 もし、エネルギーという言葉を使うのであれば、エネルギーの意味を理解している必要があるということです。 1、臨界状態にあるところに着火させる方法 2、部分的に運動エネルギーを起こして周囲との差を作って浸透させる方法 の二種類しかないということです。 エネルギーという観点から、鍼の刺激というのを考えてみると、今までのイメージとは大きく異なってくるのがよくわかると思います。 なぜ、雀啄(キツツキのように鍼を動かす)をするのか? その必要性は? なぜ置鍼(鍼を打ったまま放置する)をするのか? その必要性は? どうやれば臨界状態になるのか? 何が臨界状態になる為に必要なのか? 残念ですが漫然と置鍼したり、雀啄したりしていても、起こった変化は局在的です。もちろん、刺激は無ではなく身体に影響を与えます。しかし、局在的であることは間違いありません。 局在的な刺激に対する手技の上手い下手はあると思いますが、それは鍼灸学校で習うレベルなので、プロが行う話で


Shyuichi Nakamura
- Jun 27, 2022
エネルギーって何? 8
雀啄(キツツキのように鍼を動かす)や置鍼(鍼を打ったまま放置する)は、運動エネルギーを起こしてエネルギーを移動させるという緩やかな運動を起こしたことになると思います。 ただ、その範囲は限定的のはずです。運動エネルギーも、なんらかの障害物があれば減衰するからです。冷たい水をコップに注いでも、部屋全体は極々僅かに下るかもわかりませんが、大きな温度低下はおこりません。それは氷を置いても氷の近くでないと実感しにくいのと同じです。 つまり雀啄をしても、雀啄部位に運動エネルギーを与えられるかもわかりませんが、その影響力は全体には軽微だといえます。 鍼灸師の皆さん、エネルギーという言葉を安易に使わないでエネルギーの意味を噛み砕いて使ってください。そうすると「補」は補う「瀉」は奪うというイメージが変わってくると思います。 「補」と「瀉」というのは、そもそもエネルギーを与えるとか奪うのではなく、エネルギーの移動を助ける為のものと言えるのではないかと思います。そう考える方がエネルギーという言葉を使うのなら論理的だと言うことです。 大事なことは、どこに運動の低下があり


Shyuichi Nakamura
- Jun 26, 2022
エネルギーって何? 7
エネルギーは化学的ポテンシャルを持ったものと運動エネルギーの二つしかありません。 分子は移動したり回転したり、振動したりしています。これは分子の運動エネルギーのあらわれです。 例えばコップに水が入っている場合、肉眼では確認できませんが、分子は様々な方向に運動しています。 回転したり、移動したり、振動したりしています。その運動エネルギーの総量が空気に対しての水の温度といえます。 それを私達は冷たいとか温かいと感じているのです。 コップに熱いお湯を注ぐと、コップの中の分子の運動は周囲の空気の分子運動より高くなっているので空気の分子を振動させることで時間と共に空気はやや上昇します。そしてコップの中の分子運動は下がります。その結果、コップの温度は下がります。 空気から水に運動エネルギーが変化したと言えます。この時にエネルギーは単純に移動しただけです。 その結果、コップの中の温度がぬるくなったと実感する訳です。冷たい水を注いだら、その逆のエネルギーの移動が起こるということになります。 この時にエネルギーは移動しただけで、エネルギーそのものが増えたり減ったり


Shyuichi Nakamura
- Jun 25, 2022
エネルギーって何? 6
エネルギーの存在は見ることはできませんが、そのありようは観察することができます。 もし、「気」がエネルギーだとするのであれば、補うとか奪うという考え方自体がおかしいと言うことに気づかなければなりません。 エネルギーは移動するか、化学的変化をするかしかないからです。 置鍼や雀啄がエネルギーを移動させる手段だとすると、そもそも他から補ったり奪ったりするものではないということです。 「気」がエネルギーではないというなら、与えるとか奪うという話は納得できますが、その与えたり奪ったりしたものは何なのか? という疑問に答えられなければなりません。目に見えないと言うことなので、質量のある物質ではないはずです。 そこを曖昧にしないことが大事です。 プラスがあるならマイナスがあるはずなので、中和するというのならわかります。これは運動エネルギーであり、どこかから借りてくるものではありません。 あくまでも雀啄や置鍼は、化学変化を起こすような刺激でなく運動エネルギーを起こすための手技だと言えます。 臨界点に近づける刺激にはなるのかもわかりませんが、その為には着火させない


Shyuichi Nakamura
- Jun 24, 2022
エネルギーって何? 5
置鍼(鍼を打ったまま放置する)したり、雀啄(キツツキのように鍼を動かす)したりすることが臨界点に達する為の技術だとすると、着火する為の手技というのは他に存在するはずです。 いくら臨界点に達していても、着火しなければ、エネルギー変換は起こりません。また、着火する時は、触れる又は触れない状態であっても近づいただけで変化するのが臨界点に達したものの特徴です。 一瞬の変化でない限り臨界点に達していないと判断すべきです。 もちろん、その規模の大小はあります。 置鍼や雀啄の手技が、臨界点に達する為の技術であり、尚かつ、着火剤を近づけ連鎖反応が起こったら、全身に影響する可能性があります。 症例 お腹の痛みや頭のふらつき、蕁麻疹でやや体重減少などの症状のでた小学生ですが、普段から鼻が悪いのですが、蕁麻疹がでた頃から鼻が止まった。という例でした。問題は、顔面部の陰熱で、この陰熱は、視床下部、下垂体、中脳、延髄という神経系に影響しているようでした。 そこで額に手をあてるとお腹の緊張が変わり、姿勢も一瞬で変わります。手を離すと元に戻ります。 蕁麻疹の場合、お腹の緊張が


Shyuichi Nakamura
- Jun 23, 2022
エネルギーって何?4
もし、着火しても連鎖反応が起こらないというのであれば、そもそも、それが臨界点に達していないか着火させるものの質が違うかのどちらかということになります。 切ったばかりの湿った木に火をつけようとすると、一時的に火はついてもすぐに消えてしまいます。そもそも、そんな木に火をつけようとすること自体が効率の悪いことだと誰が考えてもわかります。つまり、その木は臨界点に達していないということです。灯油を混ぜて一緒に燃やすことはできるかもわかりませんが、効率が悪い方法です。 臨界点に達しているかどうかを見極めないで鍼を打ちつづけても変化は起こらない又は、起こりにくいということになります。長時間の鍼治療は、これと同じなのではないか? と考えるべきなんじゃないかと思います。 そう考えると置鍼(鍼を打ったまま放置する)をしたり雀啄(キツツキのように鍼を動かす)をしたりするのは何の為なのか? という疑問が起こります。誤解しないで欲しいのは、置鍼や雀啄に意味がないと言っている訳ではありません。つまり臨界点に達する状態にある場所を探すことができるか、臨界点にさせる能力が術者に


Shyuichi Nakamura
- Jun 22, 2022
エネルギーって何? 3
エネルギーを出し入れするというイメージであるなら、それは正確さに欠けている訳です。 エネルギーは増えたり減ったりしないからです。 私たちは、エネルギーが変換された時に生じる変化を日常生活に利用して生活しているだけで、エネルギーそのものの量を操ってはいません。 ガソリンは常温でも発火しやすい状態(臨界点)にあり、それに火という着火剤を近づけることで化学変化が起こり、結果的に爆発的な火力を得ます。水を近づけても発火はしません。 一度、火がついてしまえば、次々と連鎖反応が起こって燃えつきます。一度火がついてしまえば、更に火を追加する必要はありません。ガソリンが燃えつきるまで勝手に燃焼します。しかし、ガソリンが燃えつきたところにいくら火を近づけても何も変化は起こりません。 身体の変化も全く同じです。鍼が着火剤の役割をするので、変化を起こしたいと考えた対象物が臨界点に達している必要があります。 更に、それを着火させるような質のものを近づける必要があるということになります。 臨界点に達している物質であれば、接触する又は近づいただけで連鎖反応が起こり一瞬で変化


Shyuichi Nakamura
- Jun 21, 2022
エネルギーって何? 2
ガソリンが燃えて火が起こるのは、ガソリンが化学変化を起こした時のエネルギーのあらわれです。実は、ガソリンでなくても1gの物質が完全にエネルギーに変換されると90兆ジュールのエネルギーを持っていると言われています。 90兆ジュールって長崎に落ちた原爆とほぼ同等らしいです。 そこらへんにある小さな石ころも、それだけのエネルギーを蓄えていると言える訳です。もちろん、普通の状態では、エネルギーに変換されないので石ころが急に爆発することはありませんよ(笑) 鍼灸師が鍼を打つ時、補う鍼を打つ補法とか奪う鍼を打つ瀉法というイメージをします。この時にエネルギーを入れるとか抜くというような表現をするのではないかと思います。しかし、これは以前から、ものすごく疑問に思っていました。なぜなら、そのエネルギーはどこから来るの? という疑問です。 もし、それが自分のエネルギーだったとしたら、自分自身が崩壊しなければなりません。たぶん、数人の人に与えれば完全にダウンしますし、反応を止めることができないので、そのまま燃え尽きてしまうでしょう。 治療をはじめたころ、強烈な疲れを感