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足が痛いと言い。

ビッコをひいています。


さぁどおするって考える訳です。

ここで様々な問題が考えられます。


痛みにフォーカスする前に、その人の状態を観察する必要があります。

その人は、能動的な人なのか受動的な人なのか?

よく動く人なのか、あまり動かない人なのか?


たったこれだけの問題でも治り方に大きな違いがあります。

よく動く人は治りやすい。

だからといって普段動かない人を無理やり運動させても意味はありません。


よく働く人はジッとしていると体調が悪くなってしまいます。

回遊魚と同じです。

そんな人は長年、そういう生き方をしてきたのです。

そんな人に安静にしなさいというのは、病気になりなさいと言っているのと同じです。


逆に、あまり動かない人に動きなさいと言うのは、体調を悪くしなさいと言っているのと同じです。

しかし、世間は運動が大切と考えます。

なぜでしょうか?


それは、よく動く人の方が回復力が高いと言う経験を何度かしているからだろうと思います。

感覚だけではなく統計的にもそういう結果がでているから、そういう考え方が主流になっているのだろうと思います。

しかし、この考え方は、その人の状態を完璧に無視していると言えます。


運動することは悪いことではありません。

しかし、その人によっては強い運動はマイナスにこそなれプラスにはならないという人もいます。

そこで歩行ぐらいなら良いと考えますが、運動しない人に歩行は結構キツイ運動です。


痛みにフォーカスすると痛いところまで行えば過剰になります。

痛みはおこらないぐらいの動きだけど、痛みを起こす動きは負担をかけません。


安静と言われれば絶対に動かさない。

運動と言えば、ガンガン運動させる。

頭だけで考えたことは、必ずこういうことが起こります。


感じることを忘れた医療は患者にとって必ずしも良い結果になるとは言えません。





全ては同じ何らかの要素でできています。


それは真理と呼ばれているものに近い気がします。

どんな仕事をしていても、その真理に近づきたいと、みんなが思っているのだと思っています。


しかし、周囲を見回してみると、そうでもないなぁ~と思うような人が多いのは驚かされます。

方法論は、そのうちのもっとも代表的なものです。

方法論を間違えなければと考えている人が多いのも驚かされます。


方法論には余白を残していなければなりません。

一から十まで教えてしまうと応用が利きません。

ガッチガチです。

応用が効かなければピンチになった時に新しい発想が生まれません。

そんな人を量産してしまいます。


つまりそれを教えられた方が困るのです。

方法論をやり続けると、必ずその後には行き詰まりがあります。

そして、次はどうすれば良いのか?


という疑問が永遠に起こります。

そして、自分のやり方が悪い。勉強が足りないと嘆きます。

知識でそれをカバーできる程、容量が狭いものではありません。

だから堂々巡りを繰り返します。

そんなふうにならない為には感覚を磨く必要がある訳です。


何もないところから何かを引っ張ってくる。

無から有です。

太極から陰陽が生まれるのと同じです。

何もないところから突然、陽子と中性子が生まれ、水素とヘリウムになったのと同じです。


この前の大阪セミナーでも脉診という感覚のみで選んだのにもかかわらず、その人の症状と一致し自分で驚いていた人がいました。

無から有を引き出したのです。

感覚を磨くには単純なやり方は必要です。

しかし、それは1分で教えられるような簡単なやり方です。

それで十分です。


同じに見えていたものの違いを見つけ、それを修正する訳です。

感覚は実験です。

その実験結果を記録し分析する。

その過程で知識や経験は必須です。

しかし、知識や経験で選べばどこまで行っても過去からは逃れられません。


そこには既存の方法論では対処できない世界があるからです。


感覚に根拠なんてないのです。

新しいものに最初から根拠なんてありません。

根拠があったら、新しいものではなく、古いものを積み重ねただけです。


それがわかるかどうかはとても大事なことなのです。

身体はまだまだわかっていない無数の謎だらけです。

それを探すには、わかっていないということを理解しなくてはならないということです。

既存のものに見えるものであったとしても、根拠なく閃いたものというのは既存のものではありません。


この意味がわかるものだけが新しいものを発想することができるのです。




示指のDIP関節を曲げる時に、内旋するような意識をすると指の動きが明らかによくなります。

しかし、内旋するように意識することはできても、実際には内旋はしません。


母指のIP関節は、逆に外旋するように意識すると動きがよくなります。

この意識は、大きなボールを持つようなイメージと同じです。


手の平は、バスケットボールのような大きなボールを持つように使うと一番負担が少ないのです。

その証拠に病的な症状を示している人は、必ず逆向きの遊びが起こっていることに気づきます。

特にリウマチで指先が変形している人の場合、遊びは顕著です。


関節の遊びは、イメージでしかありませんが、身体の動きをスムーズにさせることがわかります。


また、肩甲骨の内転下制をイメージするだけでも上腕二頭筋や指先の遊びが変化することから、体幹と末端は連動していることがわかります。

ここで問題になるのは単なるイメージであり意識のみです。

しかし、実際の運動ではありません。


意識を使って、イメージすることは、運動をする前の段階です。

このイメージが各筋肉や靱帯、脂肪、皮膚に流れてこそ運動が完成します。

何気なく使っている動きも、まずはイメージというエネルギーが流れて運動が起こります。

それは誰も否定しないはずですが、そのエネルギーは物理的には作用していません。つまり可動はゼロです。


この意味を深く考えたら何が必要かがわかるはずです。


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