- Shyuichi Nakamura

- Jul 10, 2024
物理
東洋医学は、「気」と呼ばれるエネルギーの状態を観察し、その流れの異常や状態を推察して調整する方法です。しかし、「気」の状態やエネルギーのありようを調べる方法が確立されておらず、曖昧な部分が多いのが現状です。
「気」をエネルギーのありようだと捉えれば、「実」や「虚」といった基本的な言葉も理解できますが、これらの言葉すら正しく理解されていない現状では、東洋医学の発展は難しいでしょう。これらの概念は術者によって解釈が異なるため、虚や実の示す意味の曖昧さを許容できない人は東洋医学の本質を受け入れられないかもしれません。
そこが大きな問題です。そして東洋医学の教育の問題にもかかわってきます。最初に書いたように西洋医学を学んでから東洋医学を学ぶという順番も、それが本当に正しい順番なのかを再考した方が良いのではないかと思っています。
しかし、物理的な現象は物理的な現象として認める必要があります。鍼灸治療家が解剖学を学ぶことは有益であり、人間の身体を物質として捉えることは合理的で理解しやすい方法です。ただし、わかりやすいものだけが良いという考え方に固執すると、変化を捉えられず、「止まった時計」のような状態に陥る可能性があります。
鍼灸治療は、物質的な側面だけでなく、エネルギーや意識の状態にも目を向けてきた医学です。東洋医学の概念と西洋医学の物質的な世界観は融合不可ではありません。ただし、両者の視点にはズレがあり、特に物質的な側面しか考慮しない西洋医学者は排他的な傾向があります。それでは本質を見極めることはできません。
例えば、患者の心身の状態を無視して、無理やりリハビリをさせるような方法は、東洋医学的な観点からすれば大きな問題があります。
重力と位置の関係に着目することも重要です。重力の存在は誰もが感じていますが、現代科学でもその原因は解明されていません。人間の身体を構造物として捉え、重力と位置の関係を考慮することで、リハビリにおいても新たな視点が得られると考えられます。もちろん、経絡の流れにも影響してきます。つまり、それらは無関係ではないということです。
このテーマについては、さらに詳しく掘り下げていきたいと思いますが、一度これで区切をつけたいと思います。
- Shyuichi Nakamura

- Jul 10, 2024
エネルギーは仕事をする能力を指します。静止しているものはエネルギーとは言えません。しかし、静止しているように見える物質にも膨大なエネルギーが含まれています。これは量子力学の研究からもあきらかです。
感覚では、静止状態を詳細に観察すると、そこにエネルギーの変化を感じるはずです。それが生きた生物の本質です。
磁石による身体の反応は、それをあらわしているのではないかとも思います。このような意味で、磁石など方向性を持つものを近づけて身体の変化を観察することは、身体の状態を知る一つの手段になると思います。この現象を確認する為には、力強く肩をつまんでは明確な変化を感じることはできません。
微弱なエネルギーの状態を観察する訳ですから、術者は細心の注意を払って観察する必要があります。術者が細心の注意を払ってもわかりやすい患者とわかりにくい患者が存在することもやってみればわかると思います。
わかりやすい患者とわかりにくい患者
患者の状態を把握しようとしても、わかりやすいものとわかりにくいものがあります。異常を明確にするためには、術者の純粋な思考エネルギーが必要不可欠ですが、それでもわかりにくい患者が存在します。これは病態が層状になっているからです。
例えば、「なんとなく体調がすぐれない」と訴える患者の場合、特定の部位が悪いというわけではありません。このような患者や、自分で症状を訴えられない小児の場合、どこを治療するべきかを決めるのは難しく、治療目標は術者の経験に委ねられます。そんな状態の患者でも磁石を使った経絡の反応を観察すると目標が明確になってきます。前述の磁石を使った身体の反射を調べる方法を用いると、以下の部位に強い異常反応が見られました。
右手の肺経の天府周囲
右心包経の曲沢周囲
右大腸経の曲池周囲
左胃経の粱門周囲
左腎経の陰谷周囲
左三陰交周囲
左膀胱経の胃兪周囲
左胆経の日月周囲
この結果から、主に右手と左手に問題があるように見えます。調べ方としては、右肩と左肩を比較し、右肩が緊張していることを確認しました。この場合、右肩をインディケーター筋とします。つまり、この緊張が経絡上に磁石を置くと緩む(変化する)場所を探すということです。
これらのポイントが相互作用を起こし、「なんとなく疲れる」や「呼吸がしづらい」などの不定愁訴が現れていると考えられます。異常部位は一つではなく複数にあり、そのため反応がわかりづらくなっているのです。また、異常には深さがあり、表層と深層の異常があると考えられます。右手と左足でバランスをとり、さらに左のお腹のあたりにも問題があると予測できます。胆経や胃経はお腹のあたりで異常を起こしていますが、この反応は深い部分にあり、手足の異常は浅い部分にあると考えられます。体幹と手足で表層と深層のバランスをとっているのです。
これらの異常が全てなくなる部位への刺激を考え、脈証でそれを予測し、刺激点を選択して再度同じテストを繰り返すことで、最も効果的な刺激点を見つけることができるはずです。つまり、これが治本法になるということです。
一般的には、治本法は脉診を行い「証」を立てる方法をとりますが、その方法では術者の経験や勘に頼ることになってしまいます。しかし、このように経絡上に磁石を置いて地道に経絡を調べていく方法によって異常部位を確実に確認し、その刺激点を探していくやり方で、明確な効果を得ることが可能になります。
基礎的な実験による確認は、なかなか人に受け入れられないことは十分に認識していますが、そういう基礎をしっかりやっていかないと脉診すらできない鍼灸師を量産しつづけることになります。
または、経絡治療のように脉診で「証」を決定するとなると、途中で様々な疑問がでてきて、結局は何もできなかったということになってしまうことも考えられます。
臨床的なようで、臨床的でない方法ということになってしまうのです。
排他的な意味ではなく初学者は、自然にそうなってしまうことが多いという現実があるということです。
- Shyuichi Nakamura

- Jul 10, 2024
従来の考え方では、観察対象も観察者も静止していることを前提としていました。しかし、現実世界では、 どちらも動いています。観察者の動きによって、対象物の見え方を大きく変えます。人間の身体を観察する場合も例外ではありません。身体を観察する際、観察者と観察対象、双方の動きを考慮する必要があります。従来の静的な視点では、刻々と変化する身体の状態を捉えきれません。
鍼灸治療は、殆どの場合、寝た状態で施術します。重力から開放させる意味はリラックスさせることなのかもわかりませんが、リラクゼーションが目的ならそれでも構いませんが、人間は動物であり、常に動いています。少なくとも座位か立位で観察することが必要です。
しかし、これを説明しても、それができる鍼灸師は、とても少ないのは残念です。今までの慣習がそうさせてしまっているのだと思いますが、これを打破しない限り鍼灸治療に未来はありません。
動的な対象を静的なものとして捉えることは、その本質を見誤ることに繋がります。ツボや経絡は常に変動しており、観察者によって見え方が変わりますが、そのことすら知りません。
止まっているものであっても観察者が動いていれば、動いているように感じます。逆に、動いているものが止まっている人が見れば、動いているように感じます。対象物が動いている場合も、観察者の速度や方向によって見え方が変わります。時速40kmで走る車を、同じ方向に歩いている人が見れば、35km/hぐらいの速度で走っているように見えます。逆方向なら45㎞で進んでいるように見えます。
つまり、観察対象と観察者の相対的な速度と方向を認識しなければ、正確に観察することはできません。
ほとんどの場合、観察対象は静止していると仮定して観察するため、その本質を捉えきれないことがあります。少なくとも寝た状態では正確な診断は不可能です。
物質は本来、原子核の周りを電子が超高速で回るエネルギーの塊です。肉眼では止まって見える物質も、実際には超高速で動いています。この動的な視点で人体を観察する必要があります。静止した観察者は、超高速で動く物質の現象を明確に捉えられません。しかし、観察者自身も超高速で動くことで、物質の本質を捉えられる可能性があります。















