プラシーボとプログラミング

プログラミングの経験のある患者さんと話しをしていて、「そうそう~」って納得してしまいました。

プログラムの話しじゃありません。


その方の娘さんが、薬剤師になって、お父さんと話しをしていたそうです。

娘さん「薬は飲まないと効かない」


当たり前といえば当たり前の常識だと普通は考えると思います。

しかし、御薗治療院に通っているお父さんは、「漢方薬を近づけるだけで身体は変化する」

と言う訳です。(笑)


二人の意見は食い違っているように思うかもわかりませんが、実際には、どちらも正解と言わなければなりません。

薬は確かに飲まないと効きません。しかし、人間の身体は、そんなに単純で常識的ではないのです。



西洋医学でも認められたプラシーボという作用があり、実際には全く効果のない疑似薬で新薬の治験をおこないます。

この効果は西洋医学でも認められている効果です。疑似薬ですから薬効はありませんが、作用も副作用も、比較対象の本物の薬とよく似た症状がでる場合があります。


当然、薬剤師ならこの事実は習う訳ですが、それを単位をとる為の一つの講義内容として聞いていた人と、それに疑問を持った人の違いがでてきます。様々な経験を積むと、いかにそういうことが人間の身体に影響しているかがわかってきます。それは経験値を積むことと、いかに相手の立場になって深く考えたかによって違いがでてくるのですが、それをプログラミングの成り立ち方と同じだと二人で認識した訳です。



もちろん、プラシーボ効果は被検者の全ての人に認められる訳ではありません。しかし、一定数の人が作用と副作用を引き起こす訳です。その差を実体のある薬と比較し優位さがあったかどうかを調べるのが臨床試験です。


この話しを聞いて薬とは一体何なのか?

物質とは何か?


と考えられる能力がない人は、物事を全体で捉えるセンスのない人です。学生を卒業してから自分で物事を考えたことのない人だろうと思います。

薬は、その薬が持つ情報と実体のある薬効でできています。情報によって如何に身体が変化するかを示しているはずです。それを連想できなければなりません。



コンピューターにとって情報は命です。どれだけ立派なプログラムを作っても、そこに情報がなければ話しになりません。そして、その情報をどう扱うかによって、得られる情報は大きく違ってきます。一番重要なことは、情報を引き出すのに、いかに使いやすくスピーディに行えるかというユーザー目線の使い心地です。


医療で言えば、如何に薬効以上の効果を引き出せる医療を行えるかどうかです。薬局で何の説明もなく買ってきた薬と医者でもらった薬は、プラシーボの考えからすると大きな違いがあるはずです。そのことに注目しない医療は、キャベツのないお好み焼きみたいなものです。


プラシーボ現象は単なる思い込みだと思ったり無視することは、情報のないコンピュータを扱っているのと同じです。又は人を置き去りにしたゴリゴリの使いにくいプログラムと同じです。

コンピューターはなくても情報があれば単純な活用はできる訳です。プログラムは、あくまでも、情報を効率良く使う為の道具だということを忘れている人があまりにも多いのです。だから人間がコンピュータの都合に合わせるようになってしまいました。これでは弊害が出ないはずがありません。コンピューターの都合によって、人間が一定の訓練を強いられるようになった訳です。タイピングもその一つです。


実は、プログラムで一番大事なことは、何をさせたいのかというクライアントの要求です。それがないとどんなプログラムもうまく書くことはできません。クライアントの要求に従って、プログラムを設計して書く訳ですが、出来上がったプログラムをイザ使おうと思うと、このボタンがもう少し右にあると便利なのに・・・とか、目的は達成できるけど、これじゃ~高齢者には複雑すぎて使いづらいというような要求が次々と返ってきます。




日本人が携帯のアプリを作ると完璧を目指しすぎるあまり複雑になって使いづらいという声もあります。これは民族性かもわかりませんが、ユーザーを置いてけぼりにしたプログラムと言わざるを得ません。

プログラマーからするともの凄く目に見えてこない要求なのです。できるかできないかという目的でしかプログラムを書いてしまうと、使いこなせないものになってしまうということです。

使って便利じゃなかったら、使わなくなってしまいます。それはプログラムの技術とは全く無関係のものなのですが、使う側からすれば大きな問題です。


薬は実質です。しかし実質だけでは物事は進みません。実は疑似薬だと知っていても作用や副作用が起こることもあるのです。これは本当に驚きですが、プラシーボを単なる思い込みだと思う時点でアウトです。薬剤のことしか考えていない薬剤師と言えます。

しかし、普通に教育を受けると、物事を切り離して考えてしまうので、プラシーボは心理的な要因と一蹴する人が多いのはとても残念です。物事を切り離して考えるような考え方が根付いてしまっています。知識と実際は大きな違いがあるということです。


精神科、整形外科、内科・・・。


複数に科をわけ過ぎて、専門の分野を作ってきたので専門性が高くなればなるほど利点と欠点が顕著になります。その結果、利点だけ強調されて欠点が見えなくなってしまったのだと思います。あくまで薬は、人を健康にする為のものです。それを絶対に忘れてはなりません。専門家の意見をごり押しするのは使用する側にとって何のメリットもありません。


今の世間の情勢を見ていると専門家と呼ばれている人達が、ゴリゴリのプログラムを書いて、それを庶民に強要しているようにしか思えません。下手なプログラムを無理やり使わせられている感じです。日本人の完璧主義という民族性を利用して、人間をプログラムに近づけようとしているようにしか私には見えません。しかも、このプログラムがかなりゴリゴリのプログラムで、融通の利かないものになってしまっています。その裏には利権も絡んでいるので、修正したくても修正できないというジレンマに陥っています。この影響で逼迫している医療現場もあるみたいです。しかし、問題は医療の逼迫ではなく、その制度そのものだと思います。



そういう時はどうすれば良いのか?

コンピュータプログラムならもの凄く簡単です。

答えは、一から書き直す。


つまりデフォルトです。


それ以外に方法はありません。設計が悪いと修正しても修正しても、バグが次々と出てきます。根本的な問題だということに早く気づいて一から書き直して欲しいなと思います。


なぜ、専門家の意見がこうも通るのか?

専門家は絶対に正しいのか?

間違いを認められないのか?


そういう疑問を投げかけて世の中を見ると答えが自然に見つかります。とにかく現場を見ていない人は、そういう憶測でしかない議論で喧嘩をしないようにして欲しいです。意味のないことですからね。




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