長文感想
最初は、患者さんとして来られた方でした。
今でも自己ベストを出した~と言って喜んでいたのを思い出します。
25歳で自己ベストって結構年齢が高いんじゃないかなと思っていたのでよく覚えています。
私も、その頃は、確かに、かなり試行錯誤している時期でした。
より良いものを見つけようと苦しんでいた時です。
新しいものを生み出すためには試行錯誤して、自分の中に落とし込む必要があります。
その為には、一つ一つ確認しながら、あっているのかあっていないのか?
常に検証しながら行うので、時間が足りません。
次から次にくる患者さんに対応しつつ、確認作業をしているので、なかなか自分の思いどおりにいかないことにも苛立ちを覚えていました。
この頃から診断には絶対にスピードが重要だと思うようになりました。
同じことをするなら時間が短い方がレベルが高いはずと思ったのもこの頃です。
だから毎日頭はフル回転です。
そんな時に来院してもらった患者さんの一人でした。
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東京2023.7.23勉強会感想
先日は勉強会を開催していただきありがとうございました。
初めて治療を受けたのが、忘れもしない1996年7月私が確か25歳の夏です。
なぜ忘れないかというと、当時私が一生懸命やっていた陸上競技の大事な大会である三重県選手権の直前だったからです。
ハードトレーニングの谷から上がってくるはずのコンディションが試合の1週間前になっても戻らず、たまたま知り合いから教えてもらって「気功」という言葉の神秘に最後の望みをかけて、治療を受けました。当時、もしかしたら巷で気功というのが若干話題にもなってたのかもわかりません。
治療を受けた時の感想は「なんじゃこりゃ?」でした。
でも、途中の感覚は割愛しますが、結果として1500mは自己記録で優勝しました。
これには驚きました。トレーニングとその方法や栄養、休養以外でもっと大事なことがあるかもしれないということにこの時氣づきました。
私は当時から体育科学系の勉強をしていて、治療というよりパフォーマンスを上げるということにしか興味のない人間でした。先生の治療を時々受けながらトレーニングをして、どうしたら、効率よくトレーニングができるか試行錯誤をしている時期でした。
先生にも色々と聞きたいことがあるのですが、何から聞いていいかもわからないし、聞いてもわけがわからず、そもそも次の患者さんもいるのでそんな時間もありません。
たまにアドバイスをもらっても、それがどういいのか全く分からないことばかりでした。
当時の先生は今ほどスタイルが完全に確立していたわけではなかったかもしれません。
何しろ毎回違うことをされていたので、先生は一体何をやっているのか、何を狙っているのかさえ分かりませんでした。
そんな感じだったので、とにかく何でもいいから、トレーニングして、ここぞというときに治療を受け、その後どんな感じか、あるいはある場所に針を打たれて何か感じたら、またしばらくしてから自分でもせんねん灸なんかでお灸をしてみたり、先生から聞きかじったことをいろいろ練習に取り入れてみたりして何年か過ぎました。
先生の言っていること自体にも少しは慣れてきたころから、色々考えると細かい身体の動きと結構関連しているなという直感が働き、そういうことをやっているボディーワークに目をつけてそれを実践、勉強することにしました。
そんなこんなでそれが一定の形になりスタジオを立ち上げ独立しました。
その頃、初めて中村先生と直接いろいろな身体の話をするようになり、2014年だったか、先生の勉強会が名古屋であったときに初めて中に入れてもらい、初めて種明かし!?
を教えてもらえたのでした。
もちろん全部が全部あーそうやったんか!!
とはなりませんでしたが、暗中模索でやってた時より格段に一機にパズルが埋まった感がありました。
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長文なので続きます。
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