心は動く

感覚から起こる心の働きは、カエルが好きな人、どちらでもない人、嫌いな人によって、カエルを見た時、触れた時には違いがあります。


カエルを見た(きっとこの時点ではカエルを見たというだけ)

カエルだと認識(この時点ではカエルと認識しただけで心の作用はない)

カエルから起こる心の作用(嫌な記憶や嫌な感触が起こる)

ここで心の作用が起こる。


瞑想は、それを見つめる方法で、それに実体はないとみることだと言います。実体はないのはわかっていても、嫌いなものは嫌い、好きなものは好きなんだと思います。だから必ず心は乱れます。問題はその先です。

どんな連想が起こるかは、個人的に大きな違いがあると思いますが、その連想によって嫌いを余計に嫌いになったりするのだろうと思います。瞑想は、その乱れを元に戻して平常な状態に留めることなのかもわかりません。


しかし、これを見ていると構造自体が病気と似てませんか?

打撲して大丈夫だと思っていたけど、レントゲン撮ったら骨にヒビが入っていた。

動かしてはいけない

安静にしていなくては・・・

骨がこれ以上折れてはいけない等々

全く動かさなくなる


という連想とよく似ています。

そこで、それは本当か?

本当に正しい方法なのか?

とは確かめないで安静にだけしている。本当に全く動かしてはいけないのか?

日常生活をしていて、そんなことは本当に可能なのだろうか?

様々な疑問が起こってくるはずです。


その疑問が起こっただけでも瞑想的だろうと思います。しかし、殆どの人はそういう連想はしない。

この違いによって骨折の予後が違ってくるのだろうと思います。






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