不安と緊張

誰しも不安になります。

誰しも緊張します。


しかし、不安になり続けるのと、不安はあっても不安を呼び続けないこととは、同じ不安でも大きな違いがあります。

講演会の前になると、やっぱり緊張したりします。

前回の東京でも数日前から寝られませんでした。これは一種の緊張だろうなと思います。


若い頃は、講演の前には、かなり緊張していました。一番不安だったのは、話しが途中で途切れてしまったらどうしようかと言う不安がありました。言いたい事は山ほどあって、山ほどあるから支離滅裂になったりすることがあったからです。

一番の原因は、何をテーマにしていたかを忘れてしまうことだろうなと思っています。

小学校の時から、すぐ忘れてしまうのです。

話しの途中で何を話ししていたか忘れることも多々あります。


昔はできませんでしたが今は、「あれ、今なに喋ってた?」って受講者に直接聞くことができるようになったことです。(笑)

恥を恥と思わないで正直に聞くことが一番楽になったことです。


健忘症ではなく、色んなことが頭の中に一杯出てくるので、その時その時で処理しきれない情報が頭の中を駆けめぐるからだと自己分析しています。

今は、短い言葉だけを羅列し、一つのテーマを作り上げるので、そんな不安はなくなりましたが、それでも、だいたい、思っていたことの1/3ぐらいしか話しができません。


そういう時に昔と大きく違うのは、脱線したら、その脱線したところに線路を作ってしまうことができるようになったことです。これはホントに大きな違いです。

脱線してはいけない。忘れてはいけない。

ではなく、脱線したら脱線した道を作れば良いと思えるようになったからです。


人にはそれぞれスタイルがあります。理路整然と話しが出来る人は凄いなとは思いますが、私はそんなスタイルは無理だし、好みじゃない。そんな話し方って逆に面白くないんじゃないかとすら思うようになりました。

そう思えるようになると、どんなことがあっても、どんな内容のところからでも話しを元に戻すことができるようになってきました。


人間って、不安定なものなのです。それを認めることだと思いました。もちろん安定している時はありますが、全てに安定しているなんて人間らしくないしありえないのです。自分で、それを認められるようになって更に人前で喋ることが上手くなったように思います。


つまり、自分自身の中では、不安定になって当たり前にした訳です。自分は不安定で、すぐ物事を忘れるので、不安に思うけど、長く続きません。長く続かないから不安が不安を呼ぶことはなくなったのです。


お腹が空いて、睡眠不足の時は不安や緊張が起こりやすくなるらしいです。これ面白い事実ですよね。

まぁリラックスし過ぎるのも問題ですから、ちょっと不安になるぐらいが丁度良いので、睡眠不足は許容しています。

そんなふうに考えれば、講演前に睡眠不足になっても不安にはならないのです。

不安に慣れるというのか、不安のまま、それを許容し、不安のまま突っ走ると、意外にも、そこに道ができているのです。


それが初めてできた時、講演が終わって、大勢の人が私のところにやってきて列ができたことがありました。しかも、その会は、社会的地位のある人ばかりです。そんな人が100名ぐらいは居たと思います。後から知ったことなのですが、その会で喋る演者の殆どが緊張するらしいのです。それぐらい目が肥えている受講者ばかりだったようです。専門家ばかりの前で話しするより緊張する状況です。


ああ~やっぱり自分らしくやれば良いのだと思った瞬間です。自分らしく在るというのは、不安を許容することだなとも思いました。不安と共にあれば、不安は仲良くしてくれます。私は、音楽でも何でもそうですが、未完成なもの、荒削りなものが好きです。ちょっと外れるぐらいのものが好きなのです。自分が好きなものというのは、それはそれで同じように思う人が居て、けっこうな需要があるのだなと思います。つまり、そんな不安定な自分を許容してくれる人は多いのかも・・・。

と思えるようにもなりました。


なんで教科書に書いてあるようなことを理路整然としゃべらなあかんの?

って思えるようになったのはホントに大きな一歩です。









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